Report取材レポート

Bon appétit Ishikawa!/Wagyu Beef

ローカルガストロノミーの求道者『SHÓKUDŌ YArn』が惚れ込む、稀少なブランド和牛とは?前編[Bon appétit Ishikawa !/石川県]

能登牛を使った『SHÓKUDŌ YArn』のスペシャリテ。一体どんな味なのか?

気鋭の料理人と評価高まる能登牛の邂逅。

地域の気候風土、歴史、文化を料理に表現する「ローカルガストロノミー」。この理念を独自の発想と遊び心で体現し、国内外のフーディたちから熱視線を浴びるレストランが、石川県小松市の郊外にあります。その名は『SHÓKUDŌ YArn(ヤーン)』。英語で「糸」を意味する「yarn」を冠する店は、かつて撚糸工場だった建物をリノベーションして2015年にオープンしました。どこか北欧をイメージさせるストイックなデザインの建物に入ると、オーナーシェフ兼ソムリエの米田裕二氏、パティシエールの亜佐美氏夫妻が屈託のない笑顔で迎えてくれました。

亜佐美氏はここ小松市、裕二氏は隣の能美市の出身。ふたりは高校の同級生。高校卒業後、それぞれ大学に進みますが、大学卒業後は共にほどなく料理の道へ。裕二氏はイタリアで星付きの店を渡り歩いて修行を重ね、店を任されるようになります。亜佐美氏も少し遅れてイタリアでの修行を開始。その後、ふたりは世界で最も予約の取れない最先端のレストランと言われた「エルブジ」での研修が許され、さらなる研鑽を積みます。そんなふたりがいつしか自分たちの店をと、熟慮の末に選んだ地が、地元の小松でした。

リノベーション前の撚糸工場は元々、亜佐美氏のお祖父さんが運営していたもの。『YArn』には、糸を紡ぐように地域の文化や歴史を紡いでいきたい。裕二のYと亜佐美のAで理想の店にしていきたいといった想いが込められているといいます。

『YArn』で使う食材は小松市をはじめとする石川県産の新鮮な海山の幸が多くを占めています。全ての調理に使う水も、能美市仏大寺にある遣水観音山霊水堂の水をわざわざ汲みに行くこだわりよう。そんな米田夫妻のお気に入りの食材のひとつが石川県産のブランド和牛「能登牛(のとうし)」です。同店では、能登牛のA5ランクに格付けされたものの中でも、オレイン酸の含有量など一定条件をクリアして最上級ランクの評価を得た「能登牛プレミアム」を使用しています。裕二氏は能登牛の魅力について話します。
「塊の状態を見ただけ、触っただけで、これは本当にいい肉だなとわかるんです。うれしくなってくる。赤身とサシのバランスが絶妙。常温で脂が溶けて肉がいい具合にしっとりして、いい弾力になってきます。口当たりがやさしく、旨味や香りが強いけれど、後味はすっきり。胃もたれするような重さはまったくありません。料理人として創造性をめちゃくちゃ刺激される食材ですね」

この日、能登牛の類まれな魅力から生まれたスペシャリテ2品を作っていただきました。どちらも、想像の斜め上をゆく、驚きと感動の皿でした。

撚糸工場だった建物を曳家工事を行って大胆にリノベーション。住宅街で静かに異彩を放つ。
オーナーシェフ兼ソムリエの米田裕二氏とパティシエールの亜佐美氏夫妻。温かく気さくな人柄に惹きつけられる。
建物中央の中庭にすっくと立つのはスペインから運ばれたオリーブの木。樹齢200 年から300年と推定される古木が、客席やキッチンを見守っているかのよう。
「能登牛プレミアム」のヒレ(左)とイチボ(右)。融点の低い脂、赤身とサシのバランスのよさが魅力だという。

先進的かつ懐かしい。斬新すぎる能登牛の牛すじ煮込み。

『YArn』では、客席からガラス張りのオープンキッチンでの仕事ぶりを見ることができます。さらに、ひとつのコースで15品ほど提供される料理の多くは、テーブルで仕上げが施され、そこに驚きと歓喜の瞬間が生まれます。

「牛すじ煮込みです」と運ばれてきた木皿には、よく味のしみていそうな大根がひとつ。そして、目の前に出された料理に、その場でアイスクリームがのせられました。それはなんと能登牛の牛すじ煮込みのアイスクリーム。「大根と一緒にどうぞ」と促されても、狐につままれたような感覚です。

さて、その味は……熱い大根のおでんと冷たい牛すじアイスが口の中で渾然一体となり、出汁で丁寧に炊き上げられた牛すじ煮込みがふわりと広がります。上品な旨味の余韻の中に、どこか懐かしさも沸き起こってきます。

「懐かしい。そう言ってもらえることが多いんです。これは居酒屋でインスピレーションを受けたメニュー。うちの店はイノベーティブとかフュージョンとかに分類されることが多いのですが、自分たちでそう言ったことは一度もないんです。私たちの経歴からスペイン料理やイタリア料理をイメージして来られる方も多いですね。でも実際、うちは家庭や居酒屋の料理が基本。だから“SHÓKUDŌ”とうたっているのです」(裕二氏)

驚きの牛すじアイスクリームは客席でサーブ。アイスクリームメーカーを客席に持ち込むための木枠も形がユニークな特注品。プレゼンテーションへの細やかな配慮が行き届いている。
能登牛を使ったスペシャリテ「牛すじ煮込み」。合わせるのは、奥能登にある数馬酒造の限定醸造品「NOTO純米88 無濾過生原酒」。精米歩合88%の超旨口の食中酒が、滑らかな牛すじ煮込みと共に花開く。

遊び心の中にしっかりと込められた技術とエッセンス。

裕二氏は7年のヨーロッパ生活を経て帰国すると、日本料理店へ入って修行を始め、夫婦共に茶道に入門しました。日本で生まれ育ったのに、日本のことを知らなさ過ぎる。イタリアやスペインで現地に溶け込んで仕事をする中で、そんな思いを募らせていったからだと亜佐美氏は修行時代を振り返ります。

「日本人の料理人はみんな刺身が引けるし、和食はなんでも作れると思われていました。『アサミ、モナカの皮を作ってよ』とか当然のように頼んでくるけど、こちらは作った経験もなければ、材料すらあやふや。日本料理を学ぶイタリア人が全員ピザを焼けるかといったら違いますよね(笑)。でも、考えてみたら、襖の正しい開け閉めも知らないし、海外での経験を活かすためにも、日本の文化をきちんと知らないと。そんな想いを強くしていきましたね」(亜佐美氏)

「料理には母国のエッセンスが必要と感じる事も多くなっていました。イタリアで、店を任せられていた時に、伝統的な猪の煮込みを食べたいという依頼があり、その店のオーナーのお母さんからレシピや作り方をきちんと教わり、料理を作ったのですが、やはり微妙なところで味が違うと、彼らが言ったのです。 やはり、そこにはうまれ育った場所で昔からお祖母ちゃんやお母さん、その地域の方々が作る伝統料理を食べてきたからこそ分かる微妙なエッセンスの違いがあるという事です。日本で言えば、たとえば味噌汁。外国人が日本料理をひと通り学んでも、日本人が作る味噌汁の味にはなかなか到達できない。この現実に直面した時に、それを悲観するのではなく、自分の料理をよりよいものにするために、日本の、特に身近な料理のエッセンスを込めるべきだと考えました。そんな試行錯誤によって、今の店の骨格ができていったのです」(裕二氏)

『YArn』の献立には、奇妙奇天烈な名前が並びます。ダジャレ、パロディ、中には読めない記号であることも。たとえば、「見た目ウザくない」は、一見そうは見えない「うざく」。「茶碗無視」は文字通り、茶碗の形状にとらわれない茶碗蒸し。蟹がぶくぶくと泡を吹いている「バブルカニシスターズ」は、甲羅を裏返すと香箱蟹が出現し、泡状の蟹酢をつけながらいただく、という衝撃的なメニューです。非日常の食事を堪能してほしい。美味しさはもちろん、店でしか体験できない驚きと楽しさを提供したい。そんな気持ちが、『YArn』にしかない自由な発想の料理を生み出しているのです。

本物の石と混ぜて提供される石そっくりのチョコレートも、『YArn』らしい遊び心いっぱいの一品。ちなみに、黒光りしている粒がチョコレートとは限らない。

能登牛本来の滋味が豊かに広がる唯一無二のカツとじ。

驚きと楽しさを提供するために、常にギャップを大切にしていると夫妻は話します。
「ヘンテコな名前のメニューが、風変わりではあるけれど、そこに伝統や馴染みある要素が盛り込まれていることがわかると、料理って妙に納得できて、不思議なことに懐かしさを強く感じるんです。これってギャップですよね」(裕二氏)

「一方、牛すじ煮込みのように名前は普通なのに、出てきた料理はなんじゃこりゃ!? というのもやはりギャップ。メニュー名も調理法もどちらも風変わりだと、そこにギャップは生まれませんよね。常連さんは、普通の名前の料理には何か仕掛けがあるぞと察するようになっていますが(笑)」(亜佐美氏)

「イタリア時代の経験が大きいですね。オリジナルのアイディアで、ティラミスをお客の目の前で盛り付けてみたところ、こんなプレゼンテーションは初めてで、ベストティラミスだとものすごく喜んでもらえて。それから、調理の基本は崩さずに、地元のイタリア人は決してやらないような食材の組み合わせや提供の仕方にどんどんチャレンジしていきました。自分は現地で異邦人であったからこそ、常識にとらわれずに自由に発想できた。この感覚を忘れずに和食に持ち込んで、楽しい料理を作っていきたい。ギャップの根っこには、そんな基本スタンスがあります」(裕二氏)

2品目の能登牛メニュー「牛ヒレカツとじ」がやってきました。一般的なカツとじとは似ても似つかぬ形状。ステーキのような肉の上に卵焼きのような塊がのっています。亜佐美氏がその正体を解き明かしてくれました。肉は能登牛のヒレ肉を真空低温調理したもの。あらかじめ2面を昆布〆することで水分を適度に抜くと同時に昆布の旨みとほのかな塩分をプラスしています。上にのっているのは、パンにたっぷりの卵と出汁をしみ込ませてフライパンで焼き目をつけたフレンチトースト。ふたつの間には三つ葉が挟んであります。「食べた人はたいてい変な笑顔になるんですよ」と裕二氏が補足します。

その時、きっと取材班も一様に変な笑顔になっていたことでしょう。口の中にあるのは、まさしく牛カツとじそのもの。いや、むしろ、肉、衣、卵が見事に調和しながらも、能登牛の滋味がググッと迫り、普通の牛カツとじでは味わえない肉の存在感を満喫できます。

美味しさの余韻に浸る取材班を夫妻はニコニコと見守っています。能登牛の恐るべきポテンシャル、それを遊び心と共に最大限に引き出す発想と技術。食べに行く価値があれば、人はどこからでもやってくる。ローカルガストロノミーの真髄を垣間見ました。

牛ヒレカツとじに使うフレンチトーストには焼き目をつけて香ばしさをプラス。
牛カツとじの肉は揚げずに低温調理。「とんかつの本質は蒸し料理。だから肉を素揚げしたり、焼いてしまって、とんかつのニュアンスがなくならないに試行錯誤しました」と裕二氏。
牛カツとじと合わせるのは、フランス・ローヌの「シャトーヌフ・デュ・パプ」。「枯れた感じの深い風味が、カツとじの濃厚な旨みとよく合います」(裕二氏)。
大阪の三ツ星店『HAJIME』などで経験を積んだONESTORYフードキュレーター宮内隼人は、独創的な『YArn』のスタイルに興味津々。料理談義は尽きることがない。

SHÓKUDŌ YArn

住所:石川県小松市吉竹町1-37-1
電話:0761-58-1058
https://shokudo-yarn.com/

Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

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