Report取材レポート

Bon appétit Ishikawa!/Wagyu Beef

これまでにない圧倒的な旨さ。ネクストレベルの和牛を求めて、能登牛の進化、着々と。後編[Bon appétit Ishikawa !/石川県]

『能登牧場』専務の平林将氏(左)とONESTORYフードキュレーター宮内隼人(右)

兵庫系の旨い肉質と鳥取系の体格のよさを兼ね備えた能登牛。

石川県のブランド和牛「能登牛(のとうし)」は、1995年に「能登牛銘柄推進協議会」による認定制度がスタートした、ブランド和牛としては比較的新しい銘柄です。しかし、そのルーツは、明治期にまで遡るといいます。能登半島の日本海側である外浦一帯で製塩業が発展したのに伴い、大量に必要となった薪を搬出するための役牛を繁殖したのが始まりとされています。明治時代に兵庫県但馬地方から、大正時代に鳥取県から種牛が導入されて掛け合わされ、農耕を目的として四肢とりわけ前脚が屈強な牛が繁殖されていきました。種牛の導入は毎年計画的に行われていましたが、昭和初期、霜降りが入った上質な肉ができる資質型の兵庫系と、体が大きくなる体積型の鳥取系を交配した和牛一代雑種が、資質と体積を両立した和牛として生産が推奨されるようになりました。さらに交雑を進めたところ、体積は当初より小さくなり、霜降りも若干少なくなったものの、肉質のよさは引き継がれ、他の有名ブランド和牛よりもサシが比較的少ない赤身であることが個性となり、一定の支持を得るようになっていったといいます。

外浦のほぼ中央、志賀町に拠点を構える『寺岡畜産グループ』は、能登牛の品揃えに強みをもつ精肉店や卸、直営レストランを展開する肉一筋の企業。1904年(明治37年)に創業した精肉店『寺岡精肉』を母体とする、能登の食肉の歴史と共に歩んできた会社です。代表取締役社長を務める寺岡才治氏に話をうかがいました。

「運送業などを営んでいた祖父が、明治時代に何を思ったか牛肉専門の肉屋を始めました。牛肉食は都会では広まっていたとはいえ、当時としては先進的だったでしょうね。1995年に能登牛と名乗るためのルールが策定されましたが、当社ではそれまでもずっと地元産の和牛の美味しさを伝えたいと、販売チャンネルの開拓はもちろん、繁殖にも取り組んできました。ノトウシではなくノトギュウと呼んでいましたけどね。今では能登牛の知名度はかなり上がりましたが、まだ流通量は少なく、県外からは“幻のブランド和牛”と言われることもあります」(寺岡氏)

能登牛の魅力はなんといっても脂の融点が低いことによる口溶けのよさ。寺岡氏は比較的サシが控えめで、くどさがなく、赤身の肉質や香りがよい点を高く評価しています。
「こんなに口当たりのいい、胃もたれしない牛肉はないですよ。かといってA5ランクのサーロインステーキを200g食べたら、さすがに誰でも飽きるでしょう。要は部位や霜降り具合に応じて適切な切り方、調理をすることが大切なんです。私たち販売者にもそれを啓蒙する責任があると考えて、能登牛を使った料理教室も積極的に開催しています。家庭の調理器具でもコツさえ掴めば驚くほど上手に焼けるし、能登牛入りの細切れを使えば、牛丼もびっくりするほど美味しくなる。各部位が相応の値段で無駄なく消費されれば、農家はコストをかけてより美味しい肉の生産に取り組める。その好循環をつくっていくことが大事なんです」(寺岡氏)

最後に、寺岡氏のおすすめの食べ方を聞きました。能登牛を知り尽くす男は一体どのようにして能登牛を味わっているのでしょう?
「私ですか? そりゃもう刺身ですね。シンプルに醤油か塩で。能登牛のもも肉の刺身は絶品です。焼肉の場合もそうですが、能登牛を食べる際は、ぜひいつも使っている調味料で召し上がっていただきたい。美味しさがはっきりとわかりますからね」と寺岡氏は微笑みました。

グループ企業の精肉店『寺岡精肉』にて『寺岡畜産』の寺岡才治社長。ハレの日のごちそうに欠かせない「てらおかさんのお肉」として地元民に愛されている。

穏やかな牛の表情が物語るストレスフリーの生育環境。

能登半島北東部の能登町。富山湾に面する内浦から内陸山間地へと標高を上げていくと、人里を離れた原生林の中に、ぽっかりと牧草地が広がる開放的なエリアが出現します。能登牛を肥育する『能登牧場』です。2014年開業と歴史は浅いが、石川・福井合同肉牛枝肉共励会では最高位のグランドチャンピオンを5年連続で獲得した実力派。石川・福井の両県からそれぞれ数十頭出品される牛が、重量や霜降り具合、光沢、肉質などが審査され、各県の最高賞である知事賞を選出。グランドチャンピオンは、その2頭のうちより優れた牛に与えられるもので、最高峰の能登牛を輩出した証しでもあります。同牧場専務の平林将氏に牛舎を案内していただきました。

現在飼養している牛は4棟の牛舎で約1100頭、2020年3月末に4棟目が完成しました。第一に心がけていることは、牛にストレスを与えないこと、「牛の生活している空間へお邪魔しているのだ」という気持ちを持つことだと話します。
「ひとつのユニットの広さが32㎡。そこで最大4頭を飼養します。農林水産省が推奨する基準は1頭あたり6㎡ですから、ゆとりあるスペースと言えるでしょう。スタッフ間で再三確認しているのは、大声を出さないこと。無闇に牛に触らないこと。走らないこと。どれも牛を刺激しないためです。そもそも必要がなければ、極力牛舎に立ち入らないようにしています。人間のことが好きな牛もいれば、嫌いな牛もいる。嫌いな牛にとっては、人間の姿が目に入るだけでストレスになりますから」(平林氏)

ONESTORYフードキュレーター宮内隼人は、牛舎内に漂う穏やかな空気を感じ取りました。全国各地の牧場を見てきた彼ですが、これほど臭いもなくクリーンな環境が保たれ、牛が静かに過ごしているのは珍しいと指摘します。牛たちがみなとてもやさしい顔をしていると。
「それはうれしいですね。確かに、劣悪な環境で育った牛は険しい顔になると言われています。うちの牛たちは、言い方は悪いけど、間抜けな表情のものが多い。でも、それはリラックスして過ごせている証拠だと判断しています」(平林氏)

牛舎は基本的に西から東へ吹く偏西風が抜けるように設計されている。気温34℃にもなる夏場でも、自然風と換気によって牛舎内は快適。
珍しい取材班の登場に、好奇心旺盛な牛たちが寄ってきた。極力刺激しないように配慮する。
平林氏はハットがトレードマーク。深いブルーのユニフォームがよく似合う。科学的根拠に職人の勘による知見も織り交ぜながら、飼養法を解説してくれる。

豪州とも米国とも違う、しっかりした味付けの狙いをもって育てる独自の肥育

平林氏の実家は、全国的にも名高い黒毛和牛牧場である群馬県『赤城畜産』。『能登牧場』と『赤城畜産』は資本関係のないグループ会社で、平林氏は『赤城畜産』で会計を担当するかたわら飼養管理の基本を習得し、『能登牧場』の立ち上げから参画しているそうです。『赤城畜産』入社前はと聞くと……。
「ニートだったんですよ。大学院まで行って会計を勉強して、資格浪人していたんですけど、何年も落ち続けて。いいかげん働けと最後通告を受けた形で」とはにかみます。そのバックグラウンドがあるからか、どんな質問にも平林氏はロジカルに明解な答えを返してくれます。能登牛の特長であるオレイン酸についての説明も非常にわかりやすい。

「オレイン酸の含有率が高いこと=美味しい、とは限りません。脂肪酸の一種であるオレイン酸は脂の融点を下げる働きがあります。脂が溶けやすいと、食感が向上します。食感がよいことも美味しさの大切な要因ですが、味そのものはほかの脂肪酸や旨味成分であるアミノ酸が主要因となります。ですから、美味しい肉にするためには、オレイン酸を高くするだけでなく、きちんとした狙いをもって肉にしっかり味を付ける必要があります」(平林氏)

味付けに作用するのは配合飼料。牛のエサには大きく牧草とトウモロコシや麦などからなる飼料の2種類がありますが、ざっくり言えば、牧草は繊維質で飼料は糖質です。牧草で育つオーストラリア産牛肉は赤みが多く、どこか繊維を感じる硬い食感で、草っぽいニュアンスが感じられます。一方、飼料で育つアメリカ産牛肉も赤みが多く硬めながら、適度に脂もあります。

「日本での和牛の肥育は、単に無駄な脂を付けて太らせるのではなくサシを入れる独自の飼養法。牧草でしっかり内臓環境を作ってあげてから、飼料で肥育するいわばハイブリッドの方法なのです。内臓がしっかりしていると、飼料の効果も大きくなる。当牧場ではオレイン酸を高めるために、たとえば飼料に生米糠を混ぜ、味付けのための配合にもいろんな工夫をしています。内容は秘密なのですが」(平林氏)

牛床は、雌牛、去勢牛などの違いに応じて、餌台や水の高さも適切に設定され、年間を通じてエサの内容や水温が一定になるように配慮されている。すべては牛にストレスを感じさせないためだ。
ユニフォームの背筋には「能登牛」の金刺繍。能登牛の肥育専業牧場としての矜持が感じられる。

オレイン酸と格付けが生む矛盾への挑戦。能登牛の旨さを届けるために前進あるのみ。

メリットばかりに見えるオレイン酸には実はビジネス上のデメリットもあるといいます。オレイン酸が高いと格付けが下がる。オレイン酸と格付けがトレードオフになる傾向があるとか。『寺岡畜産』の寺岡氏も、その問題点を指摘していました。

「格付けは食肉処理した後に審査員によって行われるのですが、脂の融点が低い能登牛の場合は食肉処理してから数日間冷やさないと脂が固まってサシがはっきりしてこないため、BMSという霜降りの格付けが低くなりがちです。格付け後に、冷蔵が進んできれいなサシが浮かび上がってくることが多い。この現象を我々は『肉が化けた』と呼びます。能登牛は、肉が化けるんですよ」(寺岡氏)

脂の融点の低さは販売時にも露呈しがちだと平林氏は話します。
「オレイン酸が高く脂が溶けやすいと食味はよくなりますが、見栄えとして脂が溶けることが良しとされないケースも多々あります。典型的なのがスーパーマーケットの販売コーナー。一般的な食肉展示用の照明は肉の赤色を自然に演出するために色が調整されているので、能登牛のように脂が溶けやすい肉は発色が悪くなり、肉がダレた印象を受ける消費者もいます。格付け的には評価が低くなる恐れがあるというのは、そのあたりが理由となります。本来、品質とは関係のないことなんですけどね」(平林氏)

現在、『能登牧場』では、オレイン酸含有率の高さはそのままに、脂が白く見栄えする肉の研究を続け、オレイン酸と格付けの矛盾を克服するために奮闘中です。さらに、平均28カ月で出荷するところを30カ月以上飼養する、長期肥育にも取り組んでいるそうです。もうこれ以上大きくなりにくい牛をなぜ手間ひまかけて肥育するのでしょうか。

「これは科学的には完全にはわかっていないことなのですが、30カ月から33カ月で脂が一気に美味しくなるということが職人の経験則でわかっています。今後はその検証も含め、いわゆる1000日肥育にもチャレンジしていきたい。一般的には雌牛の方が食味がよいとされているので、まずは雌で長期肥育を行い、能登牛の圧倒的な美味しさを世に知らしめたい。旨い肉は何よりも雄弁です。能登牛の知名度は、揺るぐことのない美味しさから広げていきたいです」

和牛の品質向上への挑戦は大変な時間と労力を要する。しかし、その歩みは、牛歩のごとく着実で力強いものでした。

能登牛のおいしさを最大限に発揮させるためには、よく餌を食べることが必要だと語る。飼料には糖蜜などによって牛の嗜好性を高める工夫がされている。
非常に清潔な印象の牛舎。牛たちは、穏やかな雰囲気の中で、横になり、牧草を食んで思い思いに過ごしていた。

寺岡精肉

住所:石川県羽咋郡志賀町富来領家町甲-26(増穂浦ショッピングモール アスク内)
電話:0767-42-0012

能登牧場

住所:石川県鳳珠郡能登町泉ろ12
電話:0768-72-0622

Photographs:SHINJO ARAI
Text:KOH WATANABE
(supported by 石川県)

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