冬の石川が誇る深海の至宝「加能ガニ」「香箱ガニ」。
厳しい基準で選りすぐった石川県産ズワイガニ。
毎年11月6日に漁が解禁となるズワイガニ。石川県で獲れたズワイガニのオスは「加能(かのう)ガニ」、メスは「香箱(こうばこ)ガニ」として県民に親しまれています。
「加能ガニ」は、県内の漁協が平成18年に統合されたことを契機に、「加賀」の「加」と「能登」の「能」を組み合わせて、加賀から能登までのエリアで獲れることから名付けられました。水色のタグは漁師の自信の証。ぎっしりとつまった旨味たっぷりの身とミソが特徴です。解禁日直後には、地元の市場やスーパーにカニが並び、旬の味覚を買い求めるお客さんで賑わいます。また、県内の旅館や料亭、飲食店では、この時期ならではの極上の味を楽しむことができ、石川の冬の風物詩となっています。
「香箱ガニ」はオスの半分ほどと小さいのですが、味わい深い「内子」(オレンジ色の未成熟卵)と「外子」(茶色い粒状の卵)が魅力。資源保護のため、漁期を12月29日までと「加能ガニ」よりさらに短く設定するなど大事にされており、冬の石川の味覚を代表する存在感を放っています。
2021年、「加能ガニ」の最高級ブランドが誕生しました。その名も「輝(かがやき)」。初競りではなんと500万円の値がついて話題に。その選定基準は日本最高レベルと言われており、初年度でわずか9匹、一番多かった年でも16匹しか出回っていません(2025年11月時点)。
というのも、重量1.5kg以上、甲幅14.5cm以上、全ての脚が揃っていること、身やミソの入りがよいこと、傷がなく色が美しいこと、徹底された鮮度のよさ(獲れた日はタグに記載)、資源管理への積極的な取り組み――「輝」は、これらすべての条件を満たしていなければならないのです。
続いて、2022年には「香箱ガニ」の最高級ブランド「輝姫(かがやきひめ)」も登場。甲幅9.5cm以上のサイズで、「輝」同様の厳しい基準をクリアしたカニだけに与えられる称号です。ズワイガニのメスで最高級ブランドがあるのは日本で石川県だけ。初年度は30万円の値が付き、毎年「輝」とともに全国の美食家たちの注目を集めています。
毎日生きたまま競りにかけ、鮮度抜群。
漁解禁日の港には漁師たちの緊張感がみなぎります。「年間の総水揚げ量の1割を、この日に揚げる船もありますから」と語るのは、石川県漁協加賀支所運営委員長、石川県底曳網漁業組合連合会会長で、第五恵比寿丸の船主でもある橋本勝寿氏。「初日にカニの居所を当てた船というのは、不思議とそのシーズンを通じて獲れ高がいいんですよ。そんなこともあって、解禁初日にかける漁師の思いは強いのです」
「加能ガニ」の魅力の一つに、品質を裏付ける「鮮度のよさ」があります。カニは水深300~450メートルあたりの水温1~2℃ほどの場所を好みます。石川県は加賀から珠洲までずっとその水深帯が広がっており、港から船で数時間の距離によい漁場があるという利点があります。
また、石川県では底びき網でカニを獲りますが、漁に出る船は20トン未満の小さい船のみ。100トンほどの大きな船で漁に出て、沖で何日にもわたってカニを獲る県もあるそうですが、小さい船だからこそ、毎日沖に出たらその日のうちに港に戻ってきて、鮮度抜群のうちにカニを競りにかけることができるのです。
漁師の勘と技、目利きによって、質のいいカニを市場へ。
深海にあるカニ場はもちろん、船上から見ることはできません。「船長の勘と経験で見つけるしかない」と橋本氏は語ります。さらに、去年たくさん獲れた場所で今年も同じように獲れるかというと、そうではありません。そんな状況でも、船長は海の底を頭の中に描き、ロープの長さや変化を見極めながら絶妙な感覚で網の形をうまく調整して引き上げます。
「加能ガニ」の品質のよさは、資源管理への取り組みも関係しています。
カニはだいたい1年に1、2回、一生で12、13回脱皮をし、その度に殻がきれいになります。私たちが食べているのは最後の脱皮を終えた13年くらいのズワイガニ(カタガニ)がほとんど(ちなみに「輝」の基準を満たすカニは10年以上も生きていてほとんど傷がないという、奇跡に近い個体だそう)。脱皮直後のカニはミズガニと呼ばれており、石川県では資源保護のため、獲ることを禁止しています。
カニは水揚げ後に、すぐに船上で選別が行われます。漁師の指紋がなくなるほど一つひとつ手で触って、甲幅や色は十分か、脚は揃っているか、身がしっかり詰まっているかを見極め、市場に出すに値するカタガニだけが港に集められます。漁師の目に適わなかったものやミズガニ、さらに幼い稚ガニは船の上からすぐさま海にリリース。こうしていいカニだけを港に集めつつ、未熟なカニを獲らないことで、毎年安定した量を獲ることが可能になっているのです。
1箱25万円……絶望が資源保全への意識を変えた。
5、6年前、橋本氏の資源管理への意識を大きく変えた出来事があったと言います。カニがとにかく獲れなかった年でした。「ものすごく価格が高騰したんです。1箱5匹で25万円くらいだったかな。このままこういうことが続くと、もう誰にも食べてもらえないんじゃないかという危機感を持ちました」
現在、国立研究開発法人水産研究・教育機構の尽力により、カニの生息数を推測することが可能になっています。石川県では同機構からの提言を基に、船主や船長を集めて資源保全のための勉強会も度々行っています。また、今ある資源を残しながらもシーズンを通じて安定供給できるよう、獲るカニの量を港ごとに決め、1日で船が獲る量を設定する、あえて漁を休む日を作り、沖に出る時間をある程度制限するなどの管理・取り組みを行っています。こうした操業ルールはカニの品質向上にも結びつき、市場での「加能ガニ」の評価の高さにもつながっているのです。
また、2025年からは、すべての「加能ガニ」に青タグに加えてどの船が獲ったのかがわかるよう船名タグをつけることになりました。これによって漁師の腕や目利きがますます問われることになりますが、それ以上に「より良いものをしっかり届けよう」という漁師の情熱が大きく、実施することになりました。こうした取り組みは、「特別な日に、特別な人に食べてもらえる『加能ガニ』」というブランド力の向上にもますます寄与することでしょう。
各船長が太鼓判を押す「一番推し」が登場!
せっかくおいしい「加能ガニ」をもっとたくさんの人に知ってもらいたい、届けたいという思いから、更なる知名度向上を目指して、2025年から新たなプロジェクトが始まりました。
各船がその日の一番と自負するカニを「一番推し」として、青色の「加能ガニ」のタグに加えて、船名を記した札と、九谷焼でできた特別なタグをつけて売り出すのです。
「輝」「輝姫」のセカンドブランドを出すという案もありましたが、そこにはこれまでにない新たな試みにチャレンジしたいという漁師の思いがありました。
「輝」「輝姫」の全国一とも言われるほどの厳しい基準を満たしていなくても、船長のお墨付きとして自信をもっておすすめできるカニがあれば、毎日各船から1匹ずつ競りにかけます。もちろん、船長が納得したカニがなければ、その日のその船の「一番推し」はなし。
県内では現在、天候がよい時には約100隻の船が漁に出ているので、うまく獲れれば1日に約100匹の「一番推し」が市場に出回ることになります。
しかし、11月6日から3月20日までの漁期における操業日数は、時化や異常気象によって近年かなり少なくなりました。2024年は20~30日ほどだったとか。おいしいカニが食卓に並ぶことのありがたみが身に染みます。
本当のおいしさを実感できるのは石川で食べてこそ。
橋本氏のとっておきの「加能ガニ」の楽しみ方を聞いてみました。
「甲羅にカニミソとカニ身、さらにお酒を入れて炭火でぐつぐつと煮立たせながら、ミソと身をなじませて食べるのが一番好きですね。いろんな魚介がありますが、私は、ミソのおいしいカニこそどんな魚よりおいしいと思います」
さらに、「加能ガニ」は石川県内で味わってこそとも。「器やその場所の空気、空間、文化も含めて、五感で味わってほしい。ぜひ県内の料理屋さんで、日本海を眺めながら食べていただきたいですね」
漁師の情熱と徹底した資源管理、「おいしいミソ」へのこだわりによってもたらされる冬の石川の至宝「加能ガニ」と「香箱ガニ」。「一番推し」で“推しの船”を見つければ、おいしさはひとしおです。