Report取材レポート

力強い粘りが自慢。手取川扇状地帯で育まれる「加賀丸いも」。

「加賀丸いも」の「プレミアム」。Lサイズの「特」以上という最高峰の品質を誇り、「特」のなかでも約1%しかないと言われている。産地全体で、年間で10個も出ないという希少なもの。

強力なねばりとおいしさで人々を魅了してきた。

どっしりとした手触りの「加賀丸いも」。すりおろすと、ひっくり返しても器にくっついてなかなか落ちないほどの強力なねばりが特徴です。昭和20年代後半までは、石川県特産「やまのいも」として、主に関西方面に出荷されていましたが、出荷量の増大に伴い、「加賀丸いも」と名付けられ現在に至ります。
主に能美市(のみし)、小松市で栽培されており、令和5年には20戸の生産者によって約93トンが出荷されました。
平成25年に、「加賀丸いも」の生産100周年を機に、上記エリアの3JAの「加賀丸いも部会」を合わせた「南加賀地区丸いも生産協議会」が誕生。「加賀丸いも」の生産向上とブランド化に取り組んでいます。

このエリアに丸いもが導入されたのは大正時代のこと。根上町の澤田仁三松(にさまつ)、秋田忠作の両氏がお伊勢参りの時に伊勢いものとろろごはんを食べたところ、そのおいしさに感動し、家族にも食べさせたいと持ち帰ったことから栽培が始まったという説があります。現在、JA根上加賀丸いも部会の部会長を務めている澤田雄一郎氏は、仁三松氏のひ孫にあたります。

澤田雄一郎氏。平均して年間5~6トンの「加賀丸いも」を生産している。

手取川の氾濫をきっかけに産地が広まった。

澤田氏は約2.4haの田んぼで、米と「加賀丸いも」を栽培しています。1枚の田んぼで米を2年育てた後に丸いもを1年育てるというサイクル。「米を育てることで土質が変わるので、それによって丸いもの仕上がりが良くなるような気がします」と語ります。

田んぼの土には砂が混じり、触ると少しサラサラとしているのがわかります。
昭和3年頃から「加賀丸いも」の栽培が普及し始めましたが、昭和9年に当地を流れる手取川が氾濫。もともと澤田氏の田んぼのある一帯は泥地でしたが、そこに水害によって砂土が流されてきました。砂が混ざった水はけのいい土は「加賀丸いも」の生育に適しており、手取川の氾濫以降、砂壌土が広がった一帯に栽培農家が増えたと伝わります。砂の混じったやわらかい土のなかで、丸いもはストレスなく育ち、きれいな丸に近づいていくのだそう。

水はけのいい砂壌土で育てるのがおいしさの秘訣。

「加賀丸いも」の栽培は10月の「うね上げ」から始まります。この時期にうね(細長く直線上に土を盛り上げたもの)を作っておくことで、春に種芋を植え付けるまでの間に雪の下で水持ちの良い土を育みます。その後、2月下旬頃に形のいい丸いもを等分して石灰などをまぶした種を準備し、3月から4月にかけてこれを植え付けていきます。

6月には支柱をうねに挿しこみ、伸びてきたつるを巻き付けます。これによって、病害虫の被害を抑え、葉に陽光をたっぷり浴びさせるようにするのです。夏場はとにかく除草に明け暮れると澤田氏は語ります。それは、雑草が土を覆ってしまわないようにするため。土に適度に太陽をあてることも大事なのです。澤田氏は早朝5時から丸一日、かかりきりで作業をします。1枚の田んぼの除草を終えても3日も経てばまた雑草がびっしりと生えてきて、また除草する――そんな日々が続きます。

水やりについては、澤田氏はほぼ雨水だけで丸いもを育てていると言います。栽培エリア一帯に地下水が行き渡っているからです。かといって土の過湿は品質の低下につながり、水が少ないと粘りが弱くなるとも言われています。あくまで水はけのよい砂の混じった土で育つことによって、良質な丸いもが育つのです。

掘り起こしたばかりの「加賀丸いも」。砂が混じった独特の土で育つ。

ブランド丸いも作りに若い力が躍動。

父の後を継ぎ、就農した澤田氏は、同じ30~40代の仲間と協力し合い、先輩とも息を合わせて「加賀丸いも」作りに取り組んでいます。実は当初、丸いも作りには全く興味がなかったそう。しかし、ほかの誰でもない、自分にしかできないような仕事を模索するなかで、代々手がけてきた「加賀丸いも」作りに価値を見出し、就農に踏み切りました。
「土のなかでどう育っているのか、収穫時に掘り起こすまで仕上がりがわからないところは、『加賀丸いも』作りにおいて悩ましいところでもあり、楽しいところでもあります」
昔ながらの作り方を大切にしながら、生産者同士の勉強会などを通じて、いいと思うことは積極的に取り入れるようにしているそう。以前は藁をかけていたうねにはマルチシートを採用し、掘り起こしに機械を導入するなど作業の省力化にも取り組むほか、鶏糞などの有機肥料にトライするなどチャレンジを続けます。

「いい『加賀丸いも』作りには正解がないから難しさを感じることもあります。でも、正解なんてなくてもいいのかもしれません。探っていくことが大事」と澤田氏。

出荷直前まで人の手が加わる。

収穫は10月の終わりから11月にかけて。皮がやわらかいので、傷がつかないように丁寧に扱います。「加賀丸いも」は、球状にできるだけ近くて皮が薄いものが良いとされます。掘り起こした丸いもは作業場に運ばれると、一つずつ刷毛や楊枝でさらに細かい部分まで入り込んだ土が落とされ、ひげ根はハサミで丁寧に切り落とされます。

皮に傷をつけないように、刷毛と楊枝を駆使して細かなところまできれいに土を落とす。一つひとつが手作業。

その後、JAに搬入され、専用の機械に一つずつ載せられてサイズごとに自動的に仕分けされます。
一つの「加賀丸いも」の大きさは平均してソフトボール大、重さは400~500gほど。サイズはSから3Lまで、さらに「特秀」「秀」「優」「良」「外」と選別基準は5段階に分けられます。段ボール箱に収められ、湿気とカビを防ぐためにおがくずに包まれて出荷されます。

JA根上内での仕分け作業。向かって左側から丸いもを一つずつカップに載せていくと、サイズごとに区切られた右側の容器に自動的に分類される
箱に入れた「加賀丸いも」におがくずをかけることで、湿気を防ぎ、品質が保たれる。

すりおろしたおいしさこそ「加賀丸いも」の真骨頂。

熱を加えなくても体に吸収できるデンプン質が豊富な「加賀丸いも」。デンプン分解酵素は大根の3倍の量と言われており、精力増強に効果があるとされています。さらに、ビタミンB1とカリウムを豊富に含んでいるため、高血圧の予防・改善にもよいと言われています。
澤田氏はなんといっても生ですりおろして食べるのがおすすめとのこと。「少し粗めにすりおろしてシャリシャリとした食感を楽しみます。しょうゆとわさびだけで最高においしいですよ」
ほかにも、すりおろした丸いもを煮だし汁と合わせるとろろ汁や、板のりや青じそで包んで揚げる磯部揚げ、海鮮丼やお好み焼きなど、多彩なバリエーションで楽しめます。

「加賀丸いも」を使った加工品も注目されています。たとえば、能美市特産品の焼酎「のみよし」。地元の酒蔵が石川県初の芋焼酎製造免許を取得して作っており、全国コンクールでの受賞歴もあります。また、「加賀丸いも」を練り込んだそうめんや手延べうどんもしっかりとしたコシと艶、豊かな香りが評判です。

全国にファンを増やしている「加賀丸いも」。一度食べれば、普通の長いもやとろろでは満足できなくなる――そんな声も聞こえています。力強い粘りで、元気に寒い冬を乗り越えられそうです。