Report取材レポート

夏はシャキシャキ、冬はもっちり。「加賀れんこん」は土化粧と「さび」が鮮度の良い証。

選果したばかりの「加賀れんこん」を手にする「加賀れんこん部会」部会長の横井辰則氏。

藩政時代には上層武士に食されていた。

もっちりとした食感とねばりの強さが魅力の「加賀れんこん」。天ぷらや煮物のほか、すりおろして蒸したものに温かい餡をかけた蓮蒸しは、郷土料理でもおなじみです。和菓子店では夏になると、すりおろして寒天で固めた「蓮根(はすね)羹(かん)」も登場。夏の新れんこんはシャキシャキと、熟した冬にはいっそう「もっちり」とし、季節によって異なる食感が楽しめます。

「加賀れんこん」の栽培の歴史は古く、加賀藩5代藩主・前田綱紀の時代からと伝わります。加賀藩の上層武士は「ハスノ根」と呼び、食用(薬用)に利用するようになったとか。やがて金沢市大樋(おおひ)町一帯(小坂地区)が主な産地となり、江戸末期の1861年、加賀の国の産物「大樋蓮根」として公に栽培されるようになったといわれています。
「大樋蓮根」は地下1mのあたりを這うようにして成長する短小型の品種で、「地ばす」とも呼ばれていました。掘って収穫するのが大変だったため、収量は少なかったそうですが、明治中期頃まで栽培されていたとか。明治20年代になると食用としての栽培が盛んになり、「小坂蓮根」と呼ばれるようになりました。

この頃から大正にかけて、本岡三千冶、太吉父子、表 与兵衛氏などの熱心な農家がれんこんの新品種導入に尽力。後に本岡大吉氏が命名した「加賀蓮根」として市場に出荷されるようになります。昭和に入ってからも様々な品種が導入され、昭和40年代中頃には「支那蓮種」から選抜育成された「支那白花」を導入し、これが根付いて今日に至ります。
現在、「加賀れんこん」の栽培地は金沢市小坂地区を中心に才田、森本地区、河北潟干拓地、津幡町まで広がっています。夏に花を咲かせるこの一帯の蓮畑は、金沢の風物詩にもなっています。

重粘土質の土の中で、ねばりともっちり感を育む。

45の農家で構成される「JA金沢市 加賀れんこん部会」(以下、加賀れんこん部会)は環境保全型農業に取り組んでいます。さらに「加賀れんこん」は農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことを基本に、昔ながらの手法で丁寧に栽培されており、部会員の中には特別栽培農産物や有機JASに認定されている方もいます。
4月下旬から5月下旬にかけて種となるれんこんが植えられると、7月中頃から旺盛に生育しはじめ、大きな葉を広げて美しい花を咲かせます。その茎が、やがて地中で節のついたれんこんになります。8月下旬には新れんこんが収穫され、翌年の5月下旬にかけて順次収穫が行われます。

「加賀れんこん部会」部会長の横井辰則氏は、収穫するまでの栽培の時期が本当に難しいと語ります。「土の中で育つということもあり、掘ってみないとどうなっているか、なかなかわからないものです。たとえ葉がしっかり育っていても、掘ってみたら全然だめだったということもありうるわけですから。栽培指針に忠実に育てればいいというわけでもない。人間も個々に健康状態が違うように、田んぼにもいろんな状態がありますから、調整をしないといけません」

「加賀れんこん」の大敵は、なんといっても台風。大きな葉をつけたあの茎が揺れると、地下で育っているれんこんの成長が止まってしまうからです。また、激しい風で茎が折れて中に水が入ると、れんこんが腐ってしまうことも。台風に負けないように茎を太く育てる工夫もなされています。しかし、河北潟はどちらかというと風が強く吹く場所。それでも、この重粘土質の土で育てるからこそ、肉厚で、繊維のきめが細かく、他地域のれんこんにはないようなねばり強さともっちりとした食感が育まれるのです。

時には氷をハンマーで……驚きの収穫方法とは。

収穫方法は2種類あります。一つは水を抜いた田んぼで、大きな鍬(くわ)で土を掘り起こしながら収穫する、伝統的な「鍬掘り」。もう一つは田んぼに水をたっぷり張った状態のまま、水圧を生かして収穫する「水掘り」です。効率化を探るなかで生まれた水掘りは、主に水が豊富な河北潟の田んぼで行われています。

「加賀れんこん部会」では現在、鍬掘りで収穫している農家は15人ほど。部会全体で年間約600トン生産するうち、鍬掘りで収穫されるのはほんの10%ほどと言います。鍬掘りの作業効率は水掘りの2割増とも言われており、農家の高齢化も相まって、水掘りをする人が増えてきているのが現状です。

横井氏は就農して18年目。河北潟と才田、合せて約2.5㏊の農地で「加賀れんこん」を栽培し、年間約20tを出荷している。

横井氏は、河北潟で鍬掘りを継続する数少ない農家の一人。父親の禮(れい)一(いち)さんとともに、水掘り用と鍬掘り用、それぞれの田んぼで「加賀れんこん」を育てています。横井家では鍬掘りで1日に約150kgほど収穫するそうです。

雪が大量に積もらない限りは、どんなに寒くても、雨の日も風の日も収穫すると言います。横井家では午前中が収穫の時間。朝7時30分頃から始まり、膝の深さまで土を鍬で掘り進めながら、一つひとつ丁寧に「加賀れんこん」を掘り出します。極寒の時期には土の上に厚さ5cmほどの氷が二重、三重と張って、氷をチェーンソーで削ったり、ハンマーでたたき割ったりして掘ることも。重粘土質の土はかなり重く、足を入れたり抜いたりするだけでもかなり大変です。

茎の先を見つけたらそこから土を掘り起こす。収穫直前まで茎や葉はあえて刈らないのだという。これによって、土の中の酸化鉄がれんこんの表皮にしっかりと付着する。これは「さび」と呼ばれ、新鮮なれんこんの証とされている。

枯れてつる状になった茎の地中に、れんこんがあります。茎の周辺に鍬を入れてれんこんの姿が見えてきたら、「チョウサミ」と呼ばれる鉈(なた)のような刃物で茎を切り離します。鍬の扱い方はなかなか難しく、勘をつかむまでには3年ほどかかるのだとか。

午後からは倉庫で選果の作業です。れんこんについている泥は保湿の効果があるので決して洗い流さず、タオルで軽く拭き落とすだけ。れんこんの節についている泥を包丁できれいに削り取り、端を少し切って虫食いがないか、実がしっかりつまっているかなどを確認し、大きさ・重さによって秀や優といった規格に選別して出荷します。

端の切り口でれんこんの状態を細かく確認して出荷される。

加賀れんこんが他地域のれんこんより“ちょっぴりお高い”理由とは。

水掘りで収穫した「加賀れんこん」は、ほとんど土がついていない白っぽい状態で出荷されますが、土がついたままの鍬掘りで収穫したれんこんは、土の保湿作用によって日持ちがさらに良くなることもあり、全国的に見ても高めの金額で取り引きされています。それでも、その鮮度やおいしさには替えられないと“土のついた鍬掘りの「加賀れんこん」”にこだわる料理人も多いのだとか。
「そういう声をいただいたり、自分の目の前でお客さんが買って下さるのを目にしたりすると、どんなに大変でも『加賀れんこん』を育ててきてよかったと思えます。できるうちは鍬掘りもがんばって続けたいですね」と横井氏は語ります。

鍬掘りでの収穫は、れんこんの鮮度が長持ちするだけでなく、水掘りに比べて穴のなかに土が入りにくいのも利点です。水掘りの場合は水圧でれんこんが折れてしまうことが稀にあり、そうなると穴に土が入ってしまうのです。穴に土が入っても洗い流して出荷することもできますが、そうすると消費者の手元に届いた時に変色している可能性が高まるため、「加賀れんこん」では鍬掘りのものも水掘りのものも、穴に土が一度入ったものは出荷しないなど、選果の段階で厳しい基準を設けています。

この厳しい基準のために、生産量の1割は「加賀れんこん」として販売されないものになるそうですが、これらは後に加工品となり、JA金沢市本店において加賀れんこん部会が導入したキッチンカーで、れんこんコロッケなどとして販売されています。

加賀れんこんは、鍬掘りが黒色、水堀りが水色のラベルの箱で出荷される。

チップスにお好み焼きなど、楽しみ方は幅広い。

一般には蓮蒸し、はさみ揚げやきんぴらなどで楽しまれる「加賀れんこん」ですが、横井家では薄くスライスして油で揚げた加賀れんこんのチップスが子どもたちに人気とか。「すりおろしてお好み焼きにするのもおすすめです。ねばりがしっかりあるので、つなぎを入れなくても大丈夫」。寒い時期にはすりおろしてお味噌汁に入れると、身も心も温まります。
おいしいだけでなく、うれしい健康効果も期待されます。アクの成分であるタンニンとビタミンCは、コレステロールを減らす効果があると言われているほか、しぼり汁を飲むと胃潰瘍や十二指腸潰瘍に効くとともに、下痢止めにもよいとされています。
 
すりおろして良し、焼いて良し、揚げて良しと、さまざまな調理法を柔軟に受け入れる懐の深さがあって、献立の主役も張れる、なんとも頼もしい「加賀れんこん」。鍬掘りや水掘りという大変な作業の末に味わえる喜びが、いっそうおいしさを印象づけます。