Report取材レポート

生産者が一つひとつの実と語らうように完成させる里山の味覚「能登志賀ころ柿」。

肉厚の実に豊かな甘みを秘めた「能登志賀ころ柿」。

里山の夕日を思わせる美しい飴色と上品な甘さで魅了。

主に羽咋(はくい)郡志賀(しか)町一帯で生産される「能登志賀ころ柿」。農林水産省の定める「地理的表示(GI)保護制度」の認定を受けた、数少ない干し柿の一つです。

美しい飴色とやわらかい実、そして上品な甘さが魅力で、「道の駅ころ柿の里しか」の名物「ころ柿ソフトクリーム」や「ころ柿羊羹」などでも知られます。
干すときに、太陽の光に実がしっかりあたるようにころころと向きを変える様子からその名がついたと言われています。

「能登志賀ころ柿」は、羽咋郡志賀町において系統選抜された石川県のオリジナル品種「最勝(さいしょう)」を原料とした「加工品」。「最勝」は「能登志賀ころ柿(以下、ころ柿)」専用品種の渋柿ですが糖度は平均20%と高く、加工することで極上のおいしさに仕上がるのです。

「実を収穫した後の加工がとにかく大事」と語るのは『JA志賀 ころ柿部会』の吉野成明部会長。かつてこの地域では、農閑期の副業として柿作りに携わる人が多かったそうですが、「手作業で一つひとつ加工しますから、いまではとても会社勤めをしながら作ることなんてできません。どんなに熟練した人であっても、加工の工程で一年の苦労が水の泡になってしまう危険と背中合わせ。そのくらい難しいんです」と語ります。

吉野氏(左)と農業指導専門員の中村史也氏。令和5年度の部会員は111名。吉野家は祖父母の代から柿作りに勤しみ、吉野氏は30代から会社勤めの傍ら柿の栽培を手掛けるように。5年ほど前から加工にも携わるようになった。

繊細で病気に弱い品種だからこそ、とにかく丁寧に育てる。

「最勝」はやや病気に弱く、樹の個体差も大きいと言われており、生産者は栽培における難しさとも格闘しています。

実を育てる準備は冬の剪定から始まります。実がなりやすいよう丁寧に剪定することが大事なのです。5月中旬頃から6月初頭にかけては、適度に蕾(つぼみ)を間引く摘(てき)蕾(らい)が行われます。

剪定には個性が出ると吉野氏。複数の枝から残す実を一つ選び、残した実を大きく育てるのが主流だが、吉野氏はこれまでに培ってきたノウハウを活かし、自然落下の分を見越して剪定している。

開花して2分咲きくらいの頃までに作業を終え、自然と実が落下する時期を経て摘果(てきか)し、大きく育てる実をさらに選抜していきます。大きくて形のいいもの、かつ、実のお尻の部分が空に向いていないものを丁寧に育てます。

吉野氏の柿畑。このあたりは盆地になっており、気温がしっかり下がるため霜の影響が出ることもあるが、柿の育成には概ね適しているという。この樹は樹齢30~40年ほどだが、祖父母の代から育つ樹齢70年以上の樹も現役だ。

ある程度の大きさと紅色が確認でき、へたのまわりが黄色くなってきたら収穫の合図。実を傷つけないように慎重に収穫します。

二度にわたる乾燥と手もみがおいしさの要。

「ころ柿」は収穫してからの作業によっておいしさが決まります。

収穫したら柿の皮を剥き、2個を1対にして竹棹に吊るします。その後、箱に入れて殺菌(硫黄燻蒸)し、一次乾燥と呼ばれる干す作業に入ります。これは最初に実から出てくる水分を逃すための工程。一般的には10日間から14日間くらいの期間を要します。扇風機などで実全体に風をあてるようにし、湿度が80%以上にならないように除湿機などを用いながら乾かします。

収穫し、皮を剥いたら竹竿にかけて干す。まだ実に水分がたっぷりある状態。

次に「手もみ」をします。一つずつ、人間の手で実をもむのです。手もみをすることで中の水分が表面に出てきて、中に詰まっている糖分などが実のなかで均一になり、食べたときにしっかりとした甘さを感じられるようになります。ここから仕上げの二次乾燥にかけて水分をしっかり表面に出しきり、実を開くことなく、中までしっかり乾いた状態にしなければなりません。

手もみは一週間に2回行われ、最初は硬い実も最終的には耳たぶほどのやわらかさになります。

1回目の時に、柿の中にある芯をもみながら切るのがポイント。この芯を切ることで実の緊張がほぐれたような状態になり、2回目の手もみで出荷する状態の形に整えます。あまり強くもむと実が破れてしまう危険も。硬いものもあればやわらかいものもあるので、加減を調整しながら丁寧に行われます。

1回目の手もみで実の形が変化する。さらに乾燥させて、中の水分をしっかりと出し切る。

総仕上げとなる二次乾燥が一番の難関!

この後、7日間から9日間くらいかけて二次乾燥と呼ばれる「仕上げの乾燥」に入ります。

二次乾燥で、「ころ柿」ならではの飴色が完成するのだと吉野氏は言います。飴色は実の中がしっかり乾いている証拠なのです。
二次乾燥には石油ストーブや電気ストーブが用いられます。実を干している場所の温度が低すぎると中の水分が出きらず、温度が高すぎると乾きすぎることによって実が硬くなってしまいます。「やわらかいままこの色合いを出すのは至難の業です」と吉野氏。
日中と夜で気温が違うため、その都度、温度を調整しなければいけません。暖かい空気が上に溜まる性質を利用して、上段・下段の実を入れかえたり、下段に小さい実を干して上段に大きい実を干すといった工夫も必要です。そんなふうに気をもむからか、この時期には何キロも痩せるのだと吉野氏は笑います。

「表面だけ乾いて中がしっかり乾いていなかったら、一晩で表面に水分が出てきてしまう。そうなってしまったらもう終わり。そこから乾かしても、あのきれいな飴色には毛頭ならないですから。中までしっかり乾いたぞと最後に判断するのが難しい」
こうして何万個という数の柿一つひとつと生産者が向き合い続け、二次乾燥という最後の難関を突破した実だけが、めでたく出荷されます。

出荷されたのちにJAで厳しい検査を受け、やがて、色合いとやわらかさ、そして甘さの3拍子が揃った「能登志賀ころ柿」として市場に出回ります。

まるで水飴のようなこの色合いを出すのが職人技。

「ころ柿」は34g以上のMから85g以上の4Lまで、サイズごとに5段階に選別されます。主流はL(41g)から2L(51g)。「一つをまるごと食べようとするとすこし大きいと感じる人も多いと思いますが、一口サイズに切り分けると、案外いくつもおなかに入っていきますよ」と吉野氏。
のどかな里山の風景を思い起こさせるような、どこか懐かしく、やさしい甘みは、生産者が一つひとつの実と語らい続ける時間の賜(たまもの)です。