Report取材レポート

磯の香りと心地よい食感で魅了――輪島の海女が伝統の素潜り漁で採るサザエ、アワビ。

輪島の女性たちによって伝えられてきた、歴史ある素潜り漁。

今年もたくさん採れますように――輪島の海女たちはそんな思いとともに、毎年7月1日のサザエ、アワビの素潜り漁の解禁日を迎えます。

石川県北部に位置する輪島市の沖合で行われる海女漁は、少なくとも400年以上の歴史があると伝わり、万葉集にも詠まれているとか。現在、輪島には20代から80代まで、約200人もの現役の海女が存在します。その数は三重県に次いで全国2位(2015年 全国海女文化保存・振興会議調査)。祖母や母親など親族が海女として活躍してきたという家庭も多く、とりわけ海士町および輪島崎町の女性の多くは、まさに海とともに生きています。

「小さい頃から海に潜ってはシタダミ(小型の巻貝)やサザエなどを獲ってお小遣いをもらっていました。そのうち親やおばあちゃんが漁をするときに海に連れて行ってもらうようになって。技術を教えてもらったことはないんです。見て学びなさい、という感じでした」と語るのは「輪島の海女漁保存振興会」会長で海女歴26年の門木奈津希さん。海女歴15年の橋本美春さんは「最初はうまく潜れなくて練習しました」と語ります。同じく海女歴15年の橋本里美さんは嫁ぎ先が海女漁をしていたことから海女になったとか。「夫の母もおばさんもみんな海女でした。嫁いできて間もなく、まずは船に乗ってみなさいと言われました。嫌だったら降りればいいと」
こうして輪島の海女漁は、歴史のなかで代々育まれてきたのです。

その高い技術で、国の重要無形文化財に。

海女になるには、輪島市海士町および輪島崎町を中心とした市内に住んでいる女性であること、さらにサザエやアワビなどを獲る漁業権を行使できるように石川県漁協の組合員であることが必要です。また県からは、将来にわたって海女漁が継続されるように、新たな海女の加入を促す支援策として、ウェットスーツなどの初期費用の補助をはじめとする新規就業海女への助成が行われています。

漁場は主に輪島沖の舳倉島、七ツ島などの周辺。春や冬場も潜って海藻などを採る海女もいますが、7月から9月いっぱいにかけてのサザエ・アワビ漁の解禁期間がかき入れ時。この時期は船で沖に出て、連日ウェットスーツ姿で水深10~20mくらいまで潜り、サザエやアワビを漁獲します。
輪島の海女漁は、1地区としては全国最多の従事者数であることや、16世紀の九州にそのルーツを持ち、歴史があること、古くからの漁具や慣習などの詳細が「アタリ」と呼ばれる共同組織によって現在も継承・保存されていること、アワビやサザエなどの資源を守るために操業期間や出漁時間を自主的に制限し、管理してきたことなどが高く評価され、2018年には国の重要無形文化財に指定されました。

手で獲ったサザエを海に浮かぶたらいに入れては潜る輪島の海女。

丁寧に手で採取し、海水の生け簀で新鮮なまま港へ。

夏の味覚を代表する輪島のサザエ、アワビ。サザエはつんと尖った角(つの)が特徴です。この角は、潮の流れが速い海で育った証。海女採りのものは砂を噛んでおらず、肝までおいしく食べられます。
また、サザエは地域によって網で獲るところもありますが、輪島では海女が一つひとつ手で獲るため、貝が傷むということはほとんどありません。

潮の流れが速い場所で育つ輪島のサザエ。角が尖り、傷が少なく、付着物や砂噛みも少ない。

アワビはサザエに比べてより深いところに生息しています。身の危険を感じると岩に強くしがみつく習性があり、海女はオービガネと呼ばれる専用の漁具を使って岩からはがし、採取します。「肉厚で盛り上がったものを探し、どんな岩にどんなふうについているのか、どんな角度でオービガネを入れるかを瞬時に判断して傷つかないように採ります」と語るのは、海女歴28年の山岸美咲さん。

肉厚で大きな輪島のアワビは肝までおいしい。

刺身で鮮度の高さを実感! 当地ならではの食べ方も。

サザエはタンパク質、リン、カリウム、亜鉛を多く含み、味覚を正常に保つ効果なども期待され、豊富に含むタウリンは老化予防に効用があるとされています。
刺身や壺焼きで食べるのが一般的ですが、輪島には各家庭で古くから伝わる「さざえぶし」という独特の食べ方があると、海女歴26年の濱谷美恵さんが教えてくれました。「殻を割って出した身を生のまま、たっぷりの塩に半年くらい漬けこんだものです。薄く切ってごはんと一緒にいただきます。独特の匂いがあるので好き嫌いが分かれるところですが、おいしいですよ」

高タンパク・低カロリーで、亜鉛、鉄、マグネシウムなどのミネラルとビタミンB群などを豊富に含み、栄養価がとても高いことで知られるアワビは、肝臓を酢醤油にといたタレでいただく刺身のほか、バター炒めや炊き込みごはんでも楽しめます。

資源保全をしながら安定した漁獲高を目指して――

サザエもアワビも往時に比べて漁獲量が減っているのは、海女たちの悩みの種。サザエは2009年度の201トンから2018年に68トンまで落ち込んだものの、2022年度には112トンまで持ち直しましたが、アワビは深刻で、2009年度の4.5トンから2022年度には1.4トンと、落ち込みが止まりません。

原因の一つに、海の環境の変化が挙げられます。「海の変化は顕著です。今までに見たことのなかったような海藻が生えるようになって、サザエやアワビの餌になるカジメという海藻が少なくなっています」と門木さん。「水温も高くなっているし、泳いでいる魚も変わってきています」と濱谷さんも表情を曇らせます。

そうした状況をふまえ、海女は稚貝放流などの資源保全にも取り組んでいます。
現在はアワビ、サザエの素潜り漁は資源保護の観点から7月1日から9月30日までに限定されていますが、期間中であっても、従来は午後2時まで行っていた漁を午後1時までに短縮しているほか、アワビは10cmに満たないもの、サザエは大中小のサイズを厳密に測って小さいものは獲らないようにしています。
また、サザエが子を産む場所になると言われるエゴという海藻の採取を控えたり、サザエやアワビと餌を取り合うウニや、アワビの天敵であるタコの駆除をしたり、海底掃除をしたりと、貝の育つ環境整備にも尽力しています。

危険と隣り合わせの海女漁によって享受できる、海の恵みのありがたさ。

自然が相手の海女漁、危険な目に遭うこともあると言います。門木さんはオコゼに刺されたことも。「オコゼはヒレに毒があるんですが、岩にまぎれていてなかなか気付けないんです」。サメや尻尾に毒があるエイにも警戒しているのだとか。
大変なことがあっても、いっぱい獲れた日は「やっぱりうれしいもの」と、今日も門木さんたちは海に潜ります。

こうして海女たちが危険と隣り合わせになりながらも丁寧に採取した輪島のサザエ、アワビ。心地よい弾力のある食感とほろ苦さも魅力のその味わいからは、輪島沖の凪いだ風景と潮の香りとともに、海女たちの海への感謝の気持ちも伝わってくるようです。

参考資料:能登里山の至宝 輪島の海女漁の技術(輪島市)