Report取材レポート

加賀野菜の夏の代表格「加賀太きゅうり」。「伸び代いっぱい」の実を砂地で育てる匠の情熱に触れる。

「加賀太きゅうり」は実がしっかりと固く、棘が立っているのが新鮮さの証。

金沢で生産されて80年以上。原型はなんと「黄色い三角形状」だった。

パンッと張った実にはポツポツと棘があり、手にしたときのずっしりとした重みが瑞々しさを物語ります。爽やかな風味と食感の良さが魅力の「加賀太(ふと)きゅうり」。その名のとおり、果長22~27cm、果径6~7cmという大きさが特徴です。重さは1つ600~800gほど。一般的なキュウリ6~8本分ほどにあたります。キュウリの種類はさまざまですが、このように太くどっしりしたタイプは全国的にも珍しいのだとか。
成分の96%は水分。カルシウム、カリウムなどを含み、酸性に傾きがちな身体を中和して整えるとともに、利尿作用や美肌効果があるとも言われています。

海岸にほど近い石川県金沢市打木(うつぎ)町。この地域は、特色である砂地を生かした農業がさかんです。春先から秋口にかけては「加賀太きゅうり」がメインに。現在、12軒の生産者が「JA金沢市 砂丘地集出荷場 加賀太きゅうり部会(以下、加賀太きゅうり部会)」として約2.9haの栽培面積を維持するために約170以上ものハウスで栽培に取り組み、年間約9万ケースを出荷しています。「加賀太きゅうり部会」の松本充明氏のハウスを訪ねました。

松本氏は平成4年に就農。「加賀太きゅうり」には幼い頃から親しんできた。「まだまだ伸び代がある野菜です。どうやって知ってもらうか、どうしたら食べてもらえるのかを考えるのも楽しいですね」

金沢で栽培が始まったのは今から80年以上前の昭和15年、金沢の青果商が岐阜県から種を導入したのが始まり。当時の形状はウリに近く、どちらかというと三角形に近い形で黄色だったとか。その後に「金沢節成きゅうり」と自然交雑させ、果形は丸みを帯び、色は黄色から濃緑色へと変化し、現在の形になりました。昭和27年、栽培面積の拡大を機に「加賀太きゅうり」と命名され、昭和45年頃より栽培地が金沢市の三馬(みんま)から打木町に移りました。
松本氏が栽培に携わるようになった頃には、現在の「加賀太きゅうり」が完成していたそう。現在、サイズは2Sから2Lまで展開。昔はLが主流でしたが、核家族化が進み、現在はS、Mを中心に収穫しています。

妥協できない、台木という「相棒」選び。

「加賀太きゅうり」の根は弱く、同じ場所で繰り返し育てることで育ちが悪くなったり、長期間にわたって収穫することが難しくなったりするため、カボチャのような、病気に強く、生育が旺盛な根を接(つ)ぎ木して栽培されます。まず、相性のいい台木(接ぎ木の土台となる植物)を見つけるのに一苦労したと言います。「カボチャがいいのか、ユウガオがいいのか、メーカーごとにも試しましたし、同じカボチャでもさまざまな品種で試しました。3年ほど前から現在の台木の品種を採用しています。仕上がりは安定していますが、まだ性質を活かしきれていないところがあるので、研究しながら育てています」と松本氏。

太い根元の部分がカボチャの台木、そこから「加賀太きゅうり」の株が合体するように生えているのがわかる。

接ぎ木した苗をハウスに植えるのは例年2月20日頃。まだ寒い時期なので暖房をかけて成長を促します。実がつきやすくなるように1株から2本にツルを枝分かれさせ、花が咲いたら、花の根元(子房)の実の部分に栄養が十分に行き渡るように、同じ節から出る芽を摘み取ります。そこから約2週間で収穫できるほどの大きさに。1本のツルから1シーズンでだいたい10本ほどの実を収穫します。曲がっているものや、尻すぼみのように育ってしまったものは残念ながら商品になりません。

「加賀太きゅうり」は普通のキュウリに比べて葉が繁茂しやすく、実に太陽があたらなくなってしまうと養分も十分に蓄えられなくなるため、こまめな葉の手入れが必要です。しかも、品質も出荷量も安定しているものの、実のなり方の規則性はまだつかめないと言います。「一般のキュウリは『節なり』と言って、節に一つずつなるように品種改良されていますが、『加賀太きゅうり』の実のなり方は不定期で、実がつくときと、つかないときがあるし、ツルばかり育って実がつかないものもある。生産者によっても時期によっても、生育状態がいろいろなんです。どのタイミングで何をすると実がつくかについても、いま研究しているところです」

水も肥料もタイミングが命。繊細なツルの声を聞きながら育てる。

水や肥料のやり方も細やか。砂地はすぐに乾くため、水が足りているかどうか、生産者はいつも気に掛けています。水は地下約100mからくみ上げ、肥料は実を大きくするときなど、最も必要とするタイミングを見極めて与えます。あまり与えすぎると実がつかなくなるというのも難しいところ。実がなりすぎれば、次に実をつけるまでにツルを回復させるため、根から吸わせるタイプと葉面散布タイプを使い分けながら肥料をやります。
また、砂地は有機質が少ないため、水持ちと肥料持ちを良くして食味を向上させるため、たっぷりと有機質肥料も用います。

近年は夏の暑さが厳しく、水やりの大変さに加えて、生産者は「葉焼け」とも格闘しています。「暑いと色が抜けて黄色っぽくなって、『加賀太きゅうり』本来の濃緑色が出にくくなる。ミストを散布したり、遮光材をハウスに貼ったりと、いろんな手法を試しています」
暑いからといって安易にハウスのビニールを除去することはできません。虫がつき、強い海風で実が傷ついたり、雨が降れば病気にもかかりやすくなったりするからです。
栽培に関しては伝統野菜ならではの難しさはあるものの、「手間をかける喜びもある」と松本氏。「それは『加賀太きゅうり』にはまだまだ『伸び代がある』ということ」と目を輝かせます。「こういう問題はAIやIoTでは絶対に解決できない。大変だけど、人間の目で見て判断しなければならないことだと思っています。わが子を育てるようなものです」

打木地区だけで守られてきた種。若い後継者に託された未来は。

平成19年には「加賀太きゅうり」が地域団体商標に登録され、「加賀れんこん」、「金時草」、「源助だいこん」などで構成される加賀野菜ブランドの仲間入りも果たし、知名度も高まりましたが、それまでは松本氏の先輩農家は大変な苦労をされたとか。需給バランスがうまくとれず、価格も安くてなかなか売れなかった時期もあったようです。だからこそ、打木町で50年以上にわたって根付いた伝統野菜「加賀太きゅうり」の継承・維持にも尽力したいと松本氏は語ります。

ビニールハウスやガラス温室が連なる打木町。春期はそのほとんどで「加賀太きゅうり」が栽培される。

昔は、ここで取った種を安原地区打木町の生産者以外に出すことはありませんでした。種を絶やさないように、選抜した種を部会だけで自家栽培し、固定された部会のメンバーだけで「加賀太きゅうり」を育てる――いわば「閉じられた世界」で作られていました。しかし、いまでは部会に新たに入った人も作ることができるように。さらに、松本氏と有志のみなさんで「株式会社金沢アグリプライド」という会社を立ち上げ、農家の高齢化で増えた打木町の遊休地を買い取り、ここでも「加賀太きゅうり」を作っているそうです。こうして生産量を減らすことなく、安定供給が実現しています。

また、全国的に農業人口が減っているなか、「加賀太きゅうり部会」では比較的若い後継者たちが活躍。「二代目、三代目と生産者が若くなっています。うまく引き継がれているので、息の長い品目になることを願っています」と松本氏は目を細めます。

「加賀太きゅうり」は打木町だけで種が守られ、育てられてきた。

松本氏は栽培のみならず、販促活動でも全国を奔走します。需要を掘り起こすマッチングイベントや、県外の小学校の児童にオンラインで圃場を見せたり、市内の小学校で食べてもらって味を知ってもらったりと、食育活動を通じたアピールにも余念がありません。

春が来たら「加賀太きゅうり」の季節の到来。あんかけや浅漬けで味わって。

12軒の農家が手塩にかけた「加賀太きゅうり」。金沢では一般的に、酢の物やあんかけなどで親しまれています。松本家でもあんかけが定番。春先には温かくして、夏には冷たくして味わうのだそう。金沢の郷土料理「なすそうめん(あたたかいつゆにナスの煮浸し、そうめんを合わせたもの)」のナスを「加賀太きゅうり」に替えて食べることも多いとか。「イチオシはやっぱりシンプルに浅漬けかな。キムチに混ぜたりね」
なお、「本当の一番おいしい食べ方」は「新鮮なうちに食べること」だそう。

収穫されたばかりの「加賀太きゅうり」をさっそく自宅で食べてみようと、皮をむいて種を取り、ほかの野菜と合わせてサラダにしました。瑞々しい食感がなんとも涼やかで、鼻に抜けるいい香りにうっとり。「加賀太きゅうり」の存在感で、いつものサラダが特別な一品になりました。

切るとじわっと水滴が出てくる。皮は固いので、むいて調理されることが多い。

金沢の三馬で生まれ、安原の砂地で育った「加賀太きゅうり」。手にしたときに感じる重みは、部会のみなさんの情熱がぎっしりつまった証です。暑さが続く夏の日も、少し肌寒くなる秋口も、爽やかな風味で食卓を潤してくれることでしょう。